「ともくん宮崎からの手紙―!」

2018年06月号 vol.1みやざきの隠された聖地旅

天照大神は男だった?!みやざきから全国へ僕が旅しようと決めた理由。

2018年06月13日 22:11 by tomoamanohana

「え?宮崎から東遷した神武天皇は、ほんものじゃなかったの?!」

僕はそのとき衝撃を受けた。

あっ自己紹介がおくれました。はじめまして。僕の名前は天華とも(あまのはなとも)

といってもこれはペンネームのようなものなんですが、本名を智史(ともふみ)というので

子供のころからともくんといわれたので成人してからもそれをペンネームにして活動してます。みんなも

ぜひともともくんってよんでもらえたらうれしいな。よろしくです。

いまは西都原考古博物館でささやかながらいちガイドスタッフとして活動しながらも、日本の古代史、神話学の

隠された秘密を追い続け、全国から宮崎へ旅を続けています。

自己紹介はこの程度にして

縁あって女性誌トリニティのコンテンツで「スピリチュアル宮崎からの手紙―!」や、「ともくん宮崎からの手紙―!」などの連載を

他紙で数年間にわたりつづらせていただいた中で、(先日100回を記録しました、歳を取るわけだ笑)生まれる多くの出来事や、僕の中で正直に感じた実感

本当に思ったこと、なぜそういうことをしたのか、本音など。

素ではどうしても連載のピッチ上、収録しきれず書ききれないたくさんの出来事がありました。

天孫降臨、神話の地といわれるみやざき。

僕も最初は真正直に神秘的なイメージを持っていました。

だけれど、数十~百社と神社や聖地などを数年間(8年くらいかな)にかけて旅し続けるたびに

非常に多くの不思議な体験や、多くの疑問や想いにつきうごかされていったのです。

「天孫降臨はあったのか。日本の本当のルーツって、いったいなんなんだろう?」

そう思うに至るまで、実は語りきれないほどの、多くの苦悩や大変な経験があったのだけれど

日本のなかでもそうとうな実力を持つという霊的な力を持つ方々が親戚の御縁で数名いたことから

筆者であるぼくと姉(いとこのことなんだけど)にも不思議な体験や出来事が多くあり、

それらをたどってゆくと、日本のルーツを解明するヒントにつながってゆくかもしれない。ということが

最近ちらほらわかってきたことが、旅の動機でもあります。

ここ最近の日本の状況は、次第に悪くなりつつあると思います。

人が苦しんでいても、なんとも思わないような人ばかりが増え、インターネットでは悪口や人の悪意が増殖し

人の心の中にある悪魔的な要素が、強くなってしまって、多くのなやめる人々が日増しに各地ででてる

僕はその根源には何があるのかしら?と真正直に疑問を持ったのでした。

 

これらの人々が苦しむ世相の背景にあるものは、目に見えざるものも一因しているのじゃないか?

「真実とは何ぞや?」これが僕の永久のテーマでした。哲学書などを読んでもわからないことを解決してくれたことは、

僕そのものが子供のころから、他の方とはすこし違う、神秘体験ができる人間だったからでした。

みんな一度は疑問に思ったことがあると思うけど「この世に神はいるのか?死後はあるのか?」と似たような疑問かもしれないんだけど。

世界にはキリスト教や仏教など多くの宗教があるけど、日本ほど寛容な考え方の神道という概念はないと思ったこと。

果たしてそれらがどのような過程で形成されていったものなのか、僕はふと強烈に思ったのでした。

言い方は悪いけど、こんなとてもひどい悪い世の中で、ウソ一つもない、事実をさがそうと思った時

「どーして、日本のいま(現代)はこんなふうになったか。それは歴史や伝承を知ることからしかないのでは?」

ということでした。それがわかれば、何か変わるんじゃないのか?という素朴な、でも私個人的に言うと、強烈な疑問でした。

天皇や様々な僕らの先祖の氏族

日本の祖先が何かしたから、今の子孫の状況もあるのかな。

とおもっていると、旅の中で僕も知った強烈なみぞおちアッパー級のことが一つあったのです。

「今の天皇家の祖先である天照大神は女でなく、実は男だった!」

うそぉおお?!

太陽を象徴するそれも神が、その子孫が嘘をついていたのか?何か深いわけがそこにはあるのか?

そう意外に事実におもったのもそのはずで、実は僕自身、それを知った時に、家(事務所として改造してるんだけど)の神棚に祀っていた氏神さんが

天照大神だったから。自分の住んでいる宮崎県の歴史と伝承に、深い誇りと感謝をも感じていたからの驚きでした。

正直あまりうれしいもんじゃなかった。

だけれど、天照大神は現在の伊勢神宮から来たものでなくって、地元宮崎県児湯郡高鍋町の

畑の中に古くからあった、伊勢社(いせしゃ)というもの・・・。

その神霊が僕を事実へ導いたものかもしれない。

なぜなら高鍋町にある僕の家の父方の本家が、百済から来て、この街で死んだという謎の

皇子を祀っていたから。その神が常々伝承としては行く場所が、大年神社だったから。

大年命。大年のいる海辺に、僕は数年間ずっと通い続けては海ばかりを眺めていました。

この先に何があるんだろう・・・・・・・・・・・・・・

日本人の祖先は、どこからやってきたんだろう。

穀物、新年の神であるという大年命(おおとしのみこと)は近年の説では、古代の太陽神霊崇拝の名残で

伊勢の天照大神の原型である、アマテルというオリジナルの古代人たちが信仰した

神に起因するといいます。

そのころに、たまたま夢だかで「次に異業種交流会で出会う人はお前とつながりがある」

というものをみました。僕は実は、かなり気持ちが悪いくらい正夢から何から正確に当たって、

この情報を姉と情報交換して、夢で見たことは正確にメモしていました。もう本当に何でもかんでも正確に的中するので、人に話すことはほぼないんだけど。

親戚筋の懇意にしていた霊能者の方に質問してみると、やはりそういう事実はあるという。僕自身オーストラリアの先住民族、アボリジニと

まったく同じセンスを持つのだといいます。もともとアート志向から始まった執筆業だったので、こういうクリエイティブなところに霊的なものがあるというのは

けして馬鹿にして一蹴できることじゃないと信じてもいた・・・。僕は見えざる世界を馬鹿にする人とには、あまりこういうことははなさないんだけれど。

一つの夢物語のようなものと思って読んでもらえたらうれしいです。一応僕のほうで見た事実として楽しんでいただけたら、と思います。

思い過ごしかと思い、交流会に行くとあったのは、「早日渡(はやひと)」という人物で、自分の住む地〚延岡の早日渡〛や先祖のことを誇りに思っているようで、

彼と同姓同名はいないとのこと。あとで知ったのが、それは本当だったということ

他の人とは話が合わなかったけれど、彼とは不思議なことに、息があって僕的には何だけど、とってもいい印象を受けました。

その時は何も気にしませんでしたが、よく調べると、彼は延岡のハヤヒト(早日渡)の人なのだけれど、その早日渡神社の祭神が

天孫の兄瓊瓊杵尊の兄である火明命(ほあかりのみこと)で一緒による別名だと、饒速日命(にぎはやひのみこと)だということだったのです。

そして、最近の研究では、伊勢神宮の天照大神は、この饒速日のことだともいう。

正確には別の神だけれど、「天照国照彦火明饒速日命」という長い名前があるのだという。その幼名は大年命(おおとしのみこと)

といったという。僕はおどろいて、ハヤヒトさんにそのことを話すと、笑顔で彼も喜んでいた。

彼とは一期一会だったけど、実は僕のほうにも思い当たる節があって。

僕の母親が、僕が幼少のころ、先祖、親戚という人物が夢に現れたことにその根源がある。

その夢を見たりする中で、母の手帳の件を思い出し、関連があると思い

さっそく調べてみた。

僕の家は海人氏族系の後裔だが、安倍宗任、松浦玄界灘の神官の系譜であるらしく、姉のほうが、松浦佐用姫にまつわる体験を多くしていた。

本姓のほうは、日向、佐賀、愛知、丹波へつながる直系の日下部氏族の系譜。全国の人々に、それは繋がるものだった。

やはり日下部氏や海部氏などは、イスラエルの神官につながるものだったという。

オオトシの裏には、ニギヒハヤヒという神が、天の磐船に乗って近くの尾鈴山に

天孫降臨したというのです。

この尾鈴山、僕らが小学校と、中学校で校歌として毎日歌い続けていた、あの尾鈴山は実は早日の峰〚はやひのみね〛と呼んだという。

ニギハヤヒが由来である。驚いて、僕はその山に登ると、禁止ロープがあって奥まで行けなかったが、そんなことお構いなしで、無我夢中で

突き進んだ。タクシー以外は徒歩で山を何時間もゆく。

「おす~ずね~の~」というフレーズから始まる

「あおい~のすずの~うつくしさ~」から始まるあの懐かしい歌。

そこに、その神がやってきたのだという。ぜんぜんそんなこと知らなかった。

すると、目の前に巨大な岩盤があった。天の磐船であると示す、看板が廃れてコケが蒸していた。

だがこれでは観光客は読めない、ちゃんと「瓊瓊杵尊の兄の、饒速日が降臨した」と説明してあった。

磐船は、いまは誰も見れないところにあった。お世辞にも環境課だかが推してすらいない場所だということはすぐに直観できた。

その饒速日の山をご神体とする都農神社は宮崎の一宮であり、最も格式が古い。

でありながら、古代は饒速日を祀っていたといい、のちに天孫族へ国譲りをした大国主に祭神がすり替わったとか。

大国主が、国譲りをしたあと蟄居した場所は、この地域であるという事・・・

連載の中でも、ある種の孤独なモノローグ的な旅路。

「ここに日本のすべてがある・・・!」

なぜかそれがわかっていた。

自分でもよくわからないが、その時僕のほほには涙が流れていた―。

そして、すべてを知るための旅をしたいと思った。

すべての扉を開いたら、この世の中を変える力と出会える。そう思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

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